桃色のフウセンアケビと白いうさぎの話。






その森の入口は、誰のすぐそばにもあるのです。

ただ、気が付くかどうかは人それぞれなのですが。







くらいくらい森の奥、ふわふわと漂う白い燐光が、しばらく漂ったあとに小さな白いウサギの鼻先に漂い降りました。

―くしゅん!

ウサギが小さくくしゃみをしたのに、黒いフクロウがほろほろと笑いました。

「わらうこと、ないじゃないか」

高い枝にとまっているフクロウを見上げて文句を言うと、フクロウは一段低い枝におりてきます。

「いやいや、わるかった。あまりにもりっぱなくしゃみだったからね」

「うれしくないやい」

すんすん、と鼻をすすって白いウサギがフクロウを見上げました。

「カゼかと思ったよ」

「リンコウワタゲがちょっと鼻先にひっかかっただけだよ」

「今年はリンコウワタゲも、ツタトコヨの花もはやいからね。冬もはやいかもしれないよ」

黒いフクロウが空の見えない森を見上げました。

この、くらいくらい森ではあまり季節がずれる事は少ないのです。

満月と新月が定期的にやって来るように、春分と秋分が定期的にやって来るように、季節も早足でやって来る事はめずらしいのです。

「そういえば、ホシクズカズラも、今年はよくホシクズをはじけさせていたっけ」

「森のそとで、何か、よくないことが起きているのかもしれないな」

フクロウの言葉に、白いウサギは首をかしげました。

「森のそと?」

「そうさ。そうか、チビウサギは森のそとを知らないのか」

ちび、と呼ばれることに、少しだけウサギはむっとしましたが、小さいことは本当なので、ぐっとこらえます。

それよりも興味深いことがあったのです。

「森にそとなんてあるのかい?」

生まれてから、森に『そと』があるなんて、そんなことを考えたこともないのですから。

「木々の上に空があるように、森にもそとはあるんだよ」

「そんなことをいったって、「そら」だって、見たことないんだ。森のそとなんて知らないよ」

「ツバサがないのは不便だな」

ほろほろとフクロウが翼を広げて見せます。

「なんだよ。ものしりを自慢したいだけなのかい?」

小さな白いウサギはなんだか、急に自分が何もしらないのだと思えるようになりました。

いままでいろんなことを見たり、きいたりしてきたと思っていたのに、「そら」を見たことも無いし、森にそとがあることも、何もしらなかったのです。ユキガラスの花がたくさん咲いているところだって、ぴかぴかの碧い石がたくさんある秘密の場所だって知っているのに、翼を広げて見せた黒いフクロウのほうが、ずっとずっとすごく思えたのです。

「チビウサギにものしりを自慢したって楽しくないだろうね」

やはり、ほろほろと笑いながらフクロウは翼をたたみました。

「ウサギにもツバサがあったら「そら」や森のそとのことだって見にいけるのに」

「チビウサギが森のそとへ出たら、あっという間につかまってしまうから、やめておいた方がいいよ」

何につかまってしまうのか、フクロウは言いません。だけど、聞いてはいけない気がして、ウサギは聞きませんでした。

「じゃぁ、ずっと森のそとへは出られないってことかい?」

「そんなことはないよ」

残念そうなウサギにフクロウがほろほろ笑います。

「え? どうすればいいんだい?」

「森のずっと深い所に、小さな泉があるのを知っているかな?」

「めがみさまが眠っているっていう泉? 見たことは無いけれど」

フクロウの言う泉を、見たことはありませんでしたが、ウサギは仲間の大きなウサギたちに聞いたことはありました。

森のめがみさまという、とても、とても大事な方が眠っている泉で、この森の真ん中にあるのだといいます。

「その泉の近くに、フウセンアケビがなっているんだよ」

「フウセンアケビならその辺にもたくさんあるじゃないか」

「あわてなさんな。泉の近くのフウセンアケビは桃色をしているんだ」

そんなフウセンアケビを白いウサギは見たことがありません。

「その桃色のフウセンアケビの種を包む場所を食べるとね、少しだけ眠くなるんだよ」

「あの、甘い所?」

「そうさ。種は食べてはダメだぞ」

「食べないよ、おいしくないもん。でも眠くなって、寝ちゃったらどうするの」

「そのまま寝ればいい」

「ええ?」

「桃色のフウセンアケビを食べて寝ると、少しの間だけ、森のそとの遠くの夢を見られるんだそうだ」

「ほんとうに?」

「フクロウは寝ないから、それは解らないよ」

黒いフクロウは小さく肩をすくめてみせました。

「めがみさまの夢、という奴もいるけれど。試してみたらどうだい?」

「それぐらいなら探せるかもしれない」

「うまくいって夢をみたら、その内容を教えてくれないかい? 本当に森のそとの夢なのか、ぜひとも知りたいよ」

黒いフクロウも実は興味があるようでした。

眠る事のないフクロウは『夢』と言うものがよく解らないのです。


森の中なら、少し大変かもしれませんが、危ないことは少なそうです。

小さな白いウサギは森のそとに想いを馳せながら、うんうんと頷いて見せます。

「桃色のフウセンアケビだね! きっと見つけてみせるよ!」



小さな白いウサギはこの後に桃色のフウセンアケビを探しに出かけるのですが、その大冒険はまた別のおはなし。